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山梨県北杜市高根町にある築170年の古民家を改修し、
2017年春にオープンした「Terroir 愛と胃袋」は、その名の通り、
胃も心も愛でいっぱいになるおいしいフレンチレストランです。
お店の女将である鈴木 恵海さんと、オーナーシェフの信作さんがご夫婦で営んでいます。

前編では、「Terroir 愛と胃袋」のコンセプトや東京から山梨へ移住された経緯などをお伝えしました。

さて後編では、料理や食材のこと、そして、これからビジョンについて伺います。
この土地で生きながら変わっていく2人が思い描くお店の姿は、
これからどんな進化を遂げていくのでしょうか?

美味しいジビエには真っ当な理由がある

フランス料理では、定番食材として親しまれているジビエ。
ここ数年、日本でも耳にすることが多くなった「ジビエ(gibier)」とは、
元々フランスの言葉で、狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉のことを言います。
今は、「Terroir 愛と胃袋」のコースの中でもよく使われるジビエですが、
シェフの信作さんは山梨に移住する前まで、ジビエ特有の獣臭が苦手であまり好みではありませんでした。
東京の別のレストランで働いていた当時は、なぜこんなに獣臭がするのかわからず、
ジビエとは「そういうもの」と思っていたそうです。
その当時、仕入れていたジビエは輸入物か北海道産がほとんどで、
トレサビリティもはっきりしていないものばかりでした。
ただの商品として物があるから使うのではなく、食材への思い入れを大事にしたいという思いから、
東京で自分のお店を始めてからは、あまり使っていませんでした。
しかし、山梨に移住し、たまたま口にした猪の料理の美味しさにジビエへのイメージが一変したそうです。
そこで信作さんは、ジビエとは「そういうもの」ではなく、
美味しく食べられるプロセスがきちんとあることを知ります。

信作さん:
山梨に移住してすぐの頃、家の近所に北杜市明野町初のジビエの加工所「明野ジビエ」ができたので、
そのオープニングイベントに行ったんですよ。
そこで、食べさせてもらったジビエがめちゃくちゃ美味しくて「なんだこれは!」って驚いて。
しかも、猪の内臓の煮込み料理を食べさせてもらったんですけど「こんな美味しいんだ!」って、
本当にびっくりしたんですよね。
そこから、明野ジビエの仲間や猟師さんの話を聞くうちに、その世界にのめり込んでいって・・・。
それで、自分で狩猟の免許を取ろうと思ったんです。
今いる北杜市って8町村あるんですけど、ジビエの猟友会が9つもあるんです。
その9つの猟友会が北杜市内で入り混じって活動していて、
他の県や市町村の猟師さんも参加するくらい、猟が盛んな地域なんですよ。
このお店を始める準備期間に、まずは第一種銃猟の狩猟免許と猟銃所持許可を取得しました。
僕は、当時明野町に住んでたことや明野ジビエの仲間たちの志がとっても高いので、
今も明野の猟友会に所属しています。
明野の猟友会の良いところは、獣の肉質を重視して猟をしているところですね。
一頭いくらになるといったお金の話ではなく、「生き物を獲る」という命をいただくスタンスが
僕の中ではすごく共感できる部分だったんです。
本当に命を大事にするハンターの人たちがたくさんいて、すごくいい影響も貰えています。
また、その猟友会では、動物の命を尊重していて、お肉の質を損なわないようにする絞め方や処理の仕方、
全部を使い切ることなどをしていて、命の大切さや安心安全と美味しさを追求するハンターの人がいることを
広めたいという思いもあるんです。
だから、動物の体は傷つけず、頭だけしか狙わない。
そういう頭で即死させる技術を持っているハンターが、明野の猟友会にはいます。
その技術を習得するのは本当に大変だと、僕も最近、射撃練習をして思いましたね。

LinkLink(以下—):
ジビエの美味しさは、ハンターの腕が大きく関わっているのですね。

信作さん:
それも大切ですが、加工場での品質管理もとても重要なんです。
明野ジビエのすごいところは、いいものしか受け入れないところです。
質が悪くなってしまったものは一切受け入れていないことを、ハンターにも伝えている。
品質向上が一番の理由で、そこを崩してなんでも受け入れてしまうと、
僕らのようなお店に商品を卸したその先、エンドユーザーであるお客さまが
「やっぱりジビエって美味しくないな」といった悪い印象を持ってしまう可能性もある。
そうならない為にも、加工場が徹底して品質を守ってくれているんです。

ー:
信作さんは、ジビエをどんな風に料理で伝えたいですか?
もっと普及させたいとか?

信作さん:
すでにジビエは普及しているように思うので、ある程度みなさん知っていると思います。
でも、真っ当なものを知らないと思うんです。
真っ当にやっている人がいるのに、そうじゃないところで盛り上がっている気がして、
それがちょっと寂しいなぁと感じます。
なので、ジビエを真っ当にやっている人をもっと盛り上げていきたいなぁと思いますね。
せっかく目の前に美味しいものがあるのに、そこに目をつむって遠くの誰かわからない人から
美味しいものを取り寄せるよりも、近しいところで信頼できる仲間から得られる美味しいものを
提供していけたらいいんじゃないかなって思っています。

知られざるお肉の美味しさを広めたい

家の庭やベランダがあれば、大概の野菜は自分で育てることができます。
でも、料理で使うお肉はそうはいきません。
日本では、昔から人の暮らしの中に動物がいました。
それは、農作業を手伝ってもらうためでもありましたが、食料として飼育されていたものもいました。
現在では暮らしの様式が変わり、動物はペットとして一緒に暮らすことが当たり前になりました。
私たちが普段口にするお肉も、自分で飼って・・・ということはなく、スーパーで買うのが一般的です。
なので、牛や豚がどんな環境で何を食べて育ち、どうやって各家庭の食卓にたどり着くのかの
過程や美味しさの理由、その引き出し方など、まだ私たちはお肉についてよく知らないまま、
当たり前のように食べていることの方が多いのではと思うのです。
恵海さんからお肉への思いをお聞きし、「お肉をいただく」ことの背景を垣間見ることができました。

ー:
料理に使われるお肉や卵も、八ヶ岳周辺のものを使っているのですか?

恵海さん:
卵は、北杜市武川町で平飼いや放牧で育てられている鶏が生む卵を使っています。
お肉は、韮崎市の農園で放牧されている豚や
明野町の加工場で作る明野ジビエのお肉を使わせていただいています。
でも、牛肉に関しては、まだ山梨県内で「これだ!」と納得できるお肉に出会えていなくて、
東京のお店の時からお付き合いのある滋賀県の精肉店から仕入れています。
その精肉店では、いろんな地域のお肉を扱っているんですけど、
牛にあげている餌と育てている環境と育てている人をとても大切にして、
生産者さんを限ってお肉を扱ってるお店なので、すごく信頼しているんです。
お肉って新鮮なものが必ずしも良いというわけではなく、
枝肉(頭・内臓・尾・肢端(したん)をとり去った肉)を手当てすることで美味しさが大きく変わります。
手当てとは、そのお肉の特性などに合わせて熟成させたり、乾燥させたり、寝かせたりすることなんですけど、
その精肉店はお肉を選ぶ眼力もさることながら、手当ての技術もとても高いのです。
提供くださるお肉はもちろん美味しいのですが、
その方のお肉への考え方にすごく共感して、お肉を仕入れています。
仕入れているお肉は、完全放牧の牛肉や、三重県伊賀市にある日本で唯一
有機栽培を学べる全寮制高校の生徒が育てている豚肉など個性的なものもまた、
通常、牛肉は若い出産経験のない牛が美味しいなんて言われて、お母さん牛のことを「経産牛」と言うのですが、
出産を何度もした母牛は畜産業界では「ババ牛」などと蔑まれ、出産をする役目が終わってしまうと、
お肉にされることもなく焼かれて捨てられてしまうんですって。
その事実を初めて知った時、ちょうど私は次男を妊娠中だったので、
自分の身と母牛とを重ね合わせて考えて、とってもショックだったんです。
でも、そんな経産牛が手当て次第でうっとりするくらい美味しいお肉に生まれ変わるんです。
その手当てをする技術者について、一般的には知られていませんが、同じ牛でも手当ての仕方次第で、
びっくりするくらい美味しさが変わります。
それに、うちに届く牛肉には必ず、生産者さんの名前だけでなく、
牛肉になった牛の名前や牛の家系図も付いてきます。
トレサビリティが明確。
ですから、うちではメニューにも産地だけでなく、牛の名前も紹介するようにしています。

ー:
野菜は、生で食べると野菜そのものの美味しさがダイレクトに分かりますが、
お肉はいろいろな人の手が加わって私たちの口に入るので、その過程で美味しさを高めることもできるのですね。

恵海さん:
私はまだ、お肉の本当の美味しさって、そんなに知られてないんじゃないかなぁって思うんですよ。
テレビの食レポなどでよく使われる「柔らかくって、舌の上でとろける~」だけがお肉の美味しさではない、と。
ジビエも、臭みの強い食べにくいお肉というイメージが強いんじゃないかなぁ。
私も以前は、猪の肉ってちょっと苦手だったんですけど、山梨に来てから焼いて食べた猪のお肉が、
本当に美味しかったんです。
豚肉とも変わらないくらい甘みもあったりして・・・。
牛肉に関しても、噛みごたえのある赤身肉や経産牛のうっとりする味に出会うと、
お肉ってまだまだ知られざる美味しいさがたくさんあるんだなぁと思います。
多くの人が、銘柄牛や等級の高いお肉が美味しいと思っていますが、
銘柄や等級と美味しさはまったく関係がありません。
よく聞くA5ランクなどの等級は、脂身の量やサシの入り方などで等級を決めているだけであって、
等級=美味しさとはどこにもうたってはいないのです。
等級や銘柄というわかりやすい記号があれば、みんな「美味しい」って言いやすくなるから、
ランクやブランドに惑わされる。
でも、そうじゃないんだよ!ってことを伝えたいですね。
本当の美味しさは人それぞれの好みであって、「私はこれが美味しい」って思うものが本物の美味しさなんだよ、と。
それに、お肉の美味しさは生産者さん、手当てをする技術者さん、
お肉を調理する料理人という三者の技術と愛情の三位一体でつくられるものだと、私たちは思っています。
だから、信作シェフの肉修行はずっと続きます(笑)。

土地の旬と季節感を融合させたコースメニューを

「Terroir 愛と胃袋」が本格的にオープンしてから半年以上が過ぎましたが、
もっと長い時間が経っているのかと思うほどお店の空気は穏やかで、
とても濃い時間が刻まれているように感じます。
今年が初めての冬。
お野菜はどうしようか?や、冬季営業はできるのだろうか?など、考えることはたくさんあるけれど、
実際には蓋を開けてみないとわからないことばかり。
じわじわと近づく冬の足音を感じながら一番悩むことは、メニューの内容だそうです。
八ヶ岳周辺は標高が高いせいか、東京などと比べると季節感に少しズレがあります。
なので、野菜の旬の時期や出回る野菜の種類が他の地域と少し違っていたりします。
そんな中で、どのようにメニューを考えているのでしょうか?

ー:
コース料理のメニューを考える時には、地域の旬のものをベースに考えるのですか?

恵海さん:
大幅にコース料理の内容を変える時は、月だったり季節だったり、
区切りのいい時に変えていくことが多いですが、
コース料理のメニューは、月ごとや季節ごとなど決まった時期ではなく、その時その時の旬のものをベースに、
細かく変えています。
それには理由があって、例えば東京の場合だと9月に入ると秋のメニューが途端にたくさん出てきますよね。
それは、東京ではすぐに食材を変えられるくらい、たくさんのものが流通しているからです。
でも、この地域では9月頭辺りには、まだまだ八ヶ岳の夏のお野菜が満載なんですよね(笑)
八ヶ岳周辺は、気温が暑くなってくるのも東京に比べて遅いので、
逆に7月頭にはまだ夏野菜が少なかったりすることもあります。
そういうお野菜の事情が、ちょっと悩みどころでもありました。
なので、お料理での季節感の出し方を工夫してます。

恵海さん:
「9月になったら秋メニューに変えよう」と思っていて、実際に気候もかなり涼しくなってきていても、
入ってくる野菜はまだまだ夏野菜ばかり穫れる。
なので、お客さま目線では、本当は9月に夏野菜をお出しするのは少し厳しいんですけど、
でもやっぱり土地のものを使っていきたいよねっていう思いもあるので、
季節感をどう演出するかは課題ですね。
季節感って、季節や何月何日っていう時期で感じるものもあれば、寒さなど肌で感じるものもあるので、
この土地の「旬」なものと実際に感じる季節感との兼ね合いを大事にしながら、
メニューはその時その時に考えるようにしています。
たまに、お野菜をお願いしている農家さんから「まだ、あのお野菜ができていない」と聞いたり、
「すごく面白いものができた」と聞いて実際に見ると使いたくなったりするので、
その時々でアミューズを変えたり、前菜を変えたりなどもします。

ー:
ジビエにも旬があるのですか?

信作さん:
お肉にも「旬」があって、特に鹿と猪は10月半ばから12月末くらいまでのお肉が美味しいと言われていますね。
これからの猪は、脂身のさしがのってきて特に美味しい時期ですよ。少し前までは、鹿がよく出ました。
時々、うりぼうや小鹿が入ったりもするんですけど、11月15日から鳥獣の猟全て解禁になるんですよ。
そうなると、もっとジビエの種類が増えていくので、メニューもその時々で変わっていくと思いますよ。

芯のあるスタンスと柔軟なビジョンが魅力あるお店を築く

信作さんと恵海さんが家族になって、東京でお店を持ち、子どもたちが大きくなり、
家族での過ごし方やお店のあり方を考えて、そこからいろいろな人との関わり合いの中で、
今の「Terroir 愛と胃袋」にたどり着きました。
その時間は、短いながらもとても深く、様々なことを考えさせてくれた期間だったと思います。
毎日を試行錯誤で過ごしているからこそ、日常から新しいアイデアが浮かんだり、
未来のビジョンが刻々と変化して行ったりすることもあるのではないでしょうか?
お二人が思い描くお店のあり方や、これからの2人の生き方がどんな形で実現されていくのか、
とても楽しみです。

ー:
これから、このお店をどのように発展させていきたいですか?

恵海さん:
来年にはオーベルジュにできたらと思っています。
当初から、東京から訪ねてくださる既存のお客さまのことなども考えて、
オーベルジュにする計画をしていましたが、予算のことがあったり、
自分たちが山梨に来て一年過ごしてみて感じたものを含め考え直したり、いろんなご縁や繋がりの中で、
東京にいた頃に思い描いていたものから場所も建物も二転三転し、今の形にたどり着きました。
まずは、レストランを走らせようということで約半年前にお店をオープンしましたが、
やはり東京から来るお客さまから「泊まりたい!」と言う声も多くて。
お客さまも、車で来られる方が多いので、そうするとお酒が飲めない。
日本ワインをゆっくりみなさんに味わっていただきたい思いもあって、
いずれは泊まれるように整えていけたらと考えています。

ー:
それは楽しみですね!
今はお店をやりながら、どんな日々を過ごしていますか?

信作さん:
実は、全然スローライフ的な日々ではないです(笑)。
お店をやってみたら、思った以上に忙しくて。
「ランチとディナーの間にキノコ採りに行って・・・」なんて思っていたのですが、
全然そんな時間がなくて、早朝に採りに行くような日々です。
なんでそんなに忙しいかというと、東京の頃に比べて、料理の手数は圧倒的に増えたからですね。
それから、お店の定休日はがっつり1日休みたいと思うんですけど、仕込みや新しいメニューの研究など、
お店をしていないからこそできる仕事があったり、他のお店のお料理を勉強させてもらいに行ったり、
生産者さんのところへ行ったりなど、結構動き回っていますね。

恵海さん:
他には、イベントなんかも企画して、最近はチラシを作ったり、
他店にチラシを置いていただけるようお願いに行ったりなんかもしています。
今度、10月28、29日にお店の感謝祭的イベント「たたみのひらき」を行う予定なんです。
イベントでは、畳の部屋で『うまれる』というドキュメンタリー映画の上映会をしたり、
東京時代から仲良しのミュージシャンのライブを行ったり、マルシェなどを開催する予定です。
マルシェの出店も「テロワール」の名にちなんで、地元の生産者さんを中心に声をかけさせてもらっています。
また、出店いただく生産者さんの食材でシェフがさまざまなお料理を作って、
販売したりなどするファーマーズセッションなんかも考えています。
他にもワークショップやおはなし会など、盛りだくさんの二日間を企画していて、
作り手(生産者さん)と使い手(お客さま)と繋ぎ手(愛と胃袋)の三者が
良い三角関係を描けるようなうちのお店らしい感謝祭にしたいと思っています。

「Terroir 愛と胃袋」は、ここを訪れる人をいつも同じように優しく迎えてくれて、
それでいて少しずつ違う美味しさを楽しませてくれます。
いつまでも変わらないスタンスと、土地に従ってしなやかに変わる料理の関係性が、
「次もまた来たい」と思わせてくれる面白さに繋がっている気がします。
ひとまず半年。
少しずつ進化していく「Terroir 愛と胃袋」の途中経過を味わいに、ぜひ行ってみてください。

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