contents

山梨県北杜市高根町にある築170年の古民家を改修し、
2017年春にオープンした「Terroir 愛と胃袋」は、その名の通り、
胃も心も愛でいっぱいになるおいしいフレンチレストランです。
お店の女将である鈴木 恵海さんと、オーナーシェフの信作さんがご夫婦で営んでいます。

ここでいただく料理は、八ヶ岳の旬な食材へのこだわりを感じるものばかり。
味や見た目だけでなく、演出にも驚きや感動が味わえます。
駐車場に入り見える店の外見、入り口を通った時の雰囲気、セットされたテーブルに座り、
運ばれてくる料理やお皿、ドリンク。
スタッフに声をかけると、とても詳しくどんなものかを説明してくれます。

そんなお店をプロデュースしたのは、女将の恵海さん。
長年、編集やライターをされていたからか、お店や料理の全てから一貫したコンセプトを感じました。
今回は、「Terroir 愛と胃袋」を営む恵海さんと信作さんに
東京で4年間お店を営んできて感じていたこと、山梨への移住についてなど、
これまでの経緯と、食に対する2人のこだわりについて伺いました。
まずは、前編です!

Terroir」という言葉に込められたお店づくりのこだわり

「Terroir 愛と胃袋」で使われているお野菜は、ほとんどが山梨県北杜市近郊で採れるものばかりです。
お店では、お料理で使う食材だけでなく、お皿やカトラリー、建物や空間づくりにいたるまで、
「この土地」に合う物を一つ一つ吟味して選んだそうです。
お店に着いてから食事をいただいている間もずっと、
見るもの全てがこの場所の一部のような、とても気持ちいい空気を感じました。
それは、お店の名前にもある「Terroir(テロワール)」というフランスの言葉を
とても大切にしているからだと感じました。

恵海さん:
「テロワール」はフランスの言葉で、日本語にはない言葉です。
ワインの世界で使われる表現で、
「その土地や大地の味わい」というような意味を持っています。
ワインの味の違いには、葡萄の品種の違いなどもありますが、
その葡萄が育った大地の土や水、それから技術者によって大きく変わってきます。
人と大地と水が引き出す、その場所ならではの味が表現されていることが
「テロワール」なんだそうです。
ワインをよく飲む方は「テロワールを感じる!」と表現したりするらしいですよ。
私は、まだ使ったことはないんですけど(笑)
この言葉を知った時、まさに私たちが山梨のお店でやろうとしていることは、
「テロワール」なんじゃないかと思い、お店の名前に入れました。

恵海さん:
野菜やお肉、卵などをつくっている生産者さんたちや、
お料理をのせる器を作ってくれた作家さん、この建物を作るにあたりご協力いただいた方々は、
山梨県北杜市周辺でお仕事されている方ばかりです。
そんなみなさんに作っていただいた味や場を、大事にしていきたい。
もちろん中には、この地域だけでは賄えないお料理もあるんですけれど、
できるだけその土地のものを使うっていう考え方で、「Terroir 愛と胃袋」はやっています。

東京で知った、日本の食材の面白さと生産者との繋がり

恵海さんと信作さんは、山梨に移住する前、
東京の三軒茶屋で「Restaurant 愛と胃袋」というレストランを営んでいました。
そこでも、日本の食材にこだわった和フレンチのお料理を提供していました。
なぜ、「日本のもの」というこだわりを大切にしたいと思うのか伺いました。

LinkLink(以下ー):
お店を開業するにあたり、日本の食材にこだわったのはどうしてですか?

恵海さん:
ちょうど三軒茶屋でお店を始めたのが、東日本大震災が起こった年でしたね。
その当時、夫が勤めていたお店が日本の各地域の特産品を
毎月フューチャリングするレストランだったんです。
例えば、山梨のものを特集する時には、
県全体ではなく「山梨県○○村のもの」というすごく小さな範囲の特産品を扱って、
その地域を応援する。
そんな「食を通して東京から地域おこしを」をコンセプトとしたお店だったんですよね。
私はそこのオーナと旧知の仲でそのお店の料理長であった夫と知り合ったんです。
震災時の私たち家族の思いや震災で日本がすごく落ち込んでいたこともあり、
食で日本を元気にしたいと「Restaurant 愛と胃袋」を始めることにしました。
その流れで、日本の食材に特化したお店にしようと決めましたね。

ー:
日本の食材にこだわったレストランを始めて、実際にはどうでしたか?

恵海さん:
三軒茶屋の「Restaurant 愛と胃袋」は、
「日本のこだわりの食材を使う」をコンセプトにスタートしました。
でも、いざ始めてみると、日本の食材だけっていう事がとても大変なことだと気づいたんです。
フレンチに使う食材って範囲が結構広くて・・・
それでも最終的には、95%くらい日本のものを使うことができていましたね。
海外のものは残りの5%くらい。
調味料の中に若干海外の食材じゃないと難しいものもありましたので。
でも食材に関しては、日本のもので賄えていましたね。
その中のお野菜に、長野と山梨から来る食材もたくさんあったのです。

ー:
三軒茶屋のお店では「日本の食材」という以外にも力を入れていたことはありますか?

恵海さん:
三軒茶屋のお店では、障害者施設で作っている商品などを積極的に取り扱っていました。
そういった商品を「WelfareTrade(ウェルフェアトレード)」と言って、
福祉の商品を公平な取引によってビジネスで高める取り組みなのですが、
うちではチーズやパン、ハムやソーセージなどをよくお店で取り扱っていました。
そういう施設商品って、知られざる地方の良い商品だったり、
無添加で安心できるものが多かったんです。
そういう障害者施設を、仕入先として考えて食材を仕入れるレストランって
ほとんどないので、逆にそのことが私たちの強みでもありましたね。
お店で提供していたパンは、島根県の福祉施設で作っているものだったんですが、
とても美味しくて、お客さまの評判もすごく良かったんですよ。
パンは冷凍の状態でお店に届くので、焼いてお客さまにお出ししていたんですが、
「冷凍のまんまお土産に買って帰りたい」という方がたくさんいらっしゃいました。
お野菜もね、長野県東御市のウェルフェアトレードのものも仕入れていました。
そういう食を通した福祉との連携も、東京にいる時から積極的に行なってきましたね。

ー:
日本の食材が面白いと感じるのはどういうところからですか?

恵海さん:
「こんな食材、日本でも作ってたんだ!」っていうものに出会えるのが面白いんです。
島根県でキャビアを作っているところとかあったりとかして。
夫が以前働いていたお店での繋がりや、
私がライターをしていた時に知り合った起業家さんとの繋がりなど、
いろんな方面から、日本も知られざる食材の情報を知ることができました。
私はライターの頃に、地方で頑張っている起業家さんをよく取材していたのですが、
そういった起業家さんが面白い食の事業をされていることもありました。
そんな繋がりから、新しい食材を発見できることがとても面白かったですね。

東京から山梨へ。働き方と暮らし方、両方を見直して移住を決めた。

三軒茶屋の「Restaurant 愛と胃袋」を開業し、4年。
家族が増え子育てで大忙しい日々の中、東京のお店を閉め、
鈴木家は移住を決めました。
私たちはどんな暮らしをして、どんなお店を営んでいきたいのだろうか?
家族で移住するということで、
お店を経営していくビジネス的な面と、子どもたちのための環境を考えた家族的な面、
その公私両方が納得いける場所を探し、決めたのは山梨県北杜市。
山梨県は日本ワインのメッカであったことや、
東京にいるお客さまが来るのに時間もアクセス的にも良いと感じたこと、
お野菜や食材がものすごく豊富で面白い農家さんがたくさんいることなどが、
お店をやる上で決めてとなったそうです。
家族での暮らしを考えた時も、自然環境がたくさんあること、
子どもたちを通わせたいと思える学校が見つかったことで、
迷うことなく、移住を決められたそうです。

ー:
移住をしようと思い立ったきっかけはなんだったんですか?

恵海さん:
元々、東京でずっと暮らすということはあまり考えてなかったんです。
でも、別の場所に行くという機会もなかったんですね。
よく、家を建てるタイミングで「子どもが小学校に上がる前に。」と聞くじゃないですか?
我が家もそれと同じで、長男が小学校に上がるまでに住む場所を決めようと考えてました。
移住したいっていうよりも先に、東京のお店の家賃がすごく高いので、
家とお店を一緒に作れたらと思ってたんです。
できたら世田谷区内での引っ越しを考えてたんですけど、
現実問題として、世田谷区内で家+お店を建てるなんて
一億円プロジェクトになるんですよね(笑)
本当にそんな建物できるんだろうかと思いながら、
いろいろ見ても全然納得できないし、建物もどんどん小さくなってしまって。
そのうち、「あれ、私たちは東京にいたいんだったっけ?」と
暮らし方というところに考えが行き着いたんです。
私たちがお店で扱ってるお肉は鶏や豚や牛も放牧されているものが多かったんですね。
たとえば完全放牧の牛なんてのも扱っていたのですが、
牛舎にも入らないでずっと外で家族で暮らして、子育てもして、
自然の中で自然のままの草を食べて生きている。すごく自由。
そういうお肉をお店で扱っておきながら、
今私たち自身は東京で密飼いされているような暮らし方をしているのは
どうも矛盾しているように思えてきて。
「東京に執着する意味とか、必要性ってないよね?」って考えるようになりました。

ー:
移住先はどのようにして決めたんですか?

恵海さん:
最初の候補はお野菜を取り扱っていた長野県東御市でした。
東御市はワイン特区に認定されていたり、
パンと日用品を取り扱っている『わざわざ』さんというお店があったりして、
土地としての盛り上がりに魅力を感じていました。
もう一つ、同じような理由で山梨県も考えていました。
山梨県は日本ワインのメッカであるのと、お野菜も豊富なので。
次に、「子どもの教育的にはどうだろう?」といろいろ調べてみたら、
山梨に『南アルプス子どもの村小学校』を見つけたんです。
宿題やテストがなくて、クラスは縦割りになっていたり、
木工ばっかりするクラスや劇をするクラスなどと別れていたりして、
すごく素敵な学校だと思ったんですよね。
そこに子どもたちを行かせてあげたいなぁって思いました。
その時、「あ、こっちだな!」って(笑)

ー:
山梨県内に決めた後はどういう流れで今の場所と出会ったのですか?

恵海さん:
最初は勝沼市や甲州市辺りで移住を考えていたんですけど、
実際に見てみるとなんだかピンと来ないなぁと感じていました。
それで、東京にある『ふるさと回帰支援センター』という移住促進の活動をしている場所に行き、
相談していたら、担当の方が「あなたたち、北杜市なんかも似合うと思うわよ」っておっしゃって。
その時に、実は初めて北杜市を知ったんです。
北杜市であれば、もし『南アルプス子どもの村小学校』に子どもが通うことになっても
電車で通えるので、一度北杜市を見に行くことにしました。
そうして車で来て見た時に、「こっちの方が素敵じゃん!」と思って。
そうしたら、偶然お客さまで北杜市明野町に土地を持ってみえる方がいて、
土地を紹介してくださったんですね。
結果的に、そこはお店のイメージとすこしロケーションが違ったので諦めましたが、
その明野町に準備期間は暮らしていました。
そうして移住してからもいろんなご縁をいただき、巡り巡って今の場所にたどり着いたんです。

ー:
東京から山梨へお店を移転した時に、お店の内容は変わりましたか?

恵海さん:
やっぱり内容は全然違いますね。
東京のお店は、もう少しカジュアルだったんですよ。
10坪くらいの小さなお店で、コースだけではなくアラカルトもあったりだとか、
金額的にも今よりリーズナブルですし、
どちらかというとカジュアルなビストロに近かったんです。
でも、やりたい料理の方向性が理想としているものと少し違うというジレンマがあって・・・
山梨に来て、フレンチレストランらしい、面白いお料理ができている気がしています。
何と言っても食材が豊富で、それでいて面白い農家さんと
直接取引きができていることが要因かな。
東京の時には、全国のいろんな場所から食材が入ってきて、
それこそ入れようと思えばどんなものでも手に入れることはできるんですけど、
それは言ってみれば「旬」がない感覚がしていたんです。
それが、山梨だと「旬」なものに対して、ものすごくダイレクトに手に入るので、
そこにやっぱり面白さがあって、東京とは違うお料理の出し方ができるように思いましたね。

山の風景や季節の移り変わりを嬉しく感じる、山梨での暮らし

「Terroir 愛と胃袋」は2017年春にオープンし、それから約半年が経ちました。
オープンの約一年ほど前に、家族で山梨に移住してここでの暮らしを経験し、
その後、感じた変化はあったのでしょうか?

ー:
山梨へ来て感じたこと、また大切にしたいと思ったことなど教えてください。

恵海さん:
元々、私も夫もアウトドア志向ではなかったのですが、
自然いっぱいの山梨に来て、後悔してることなど一つもないんですよね。
山があることがどうしてこんなに嬉しいんだろうって感じることが、
不思議なくらいなんですよ。
前に住んでいた北杜市明野では、
八ヶ岳と富士山と南アルプスと茅ヶ岳と4方向に山が見えるんですけど、
それがすっごく嬉しかったんですよね、もう毎日(笑)
その明野に比べて、お店がある場所は谷なので、
山の頂きが見えないことがちょっと寂しいんですけど、
まぁ少し行けばすぐ山は見られるんでいいかなぁと思っています。
山が見えることをこんなにも嬉しいって感じるのは、山梨に来てからだと思います。
隣の町へいく途中の田んぼ道や農道を車で走っているとすごく気持ち良くて、大好きです。
山梨に移住しようと思い立ってから、初めて山梨に来たんですけど、
住んでみてから、こっちの環境の素晴らしさを知りましたね。
東京のお店を閉めてから、明野には準備期間として一年住んでいたのもすごく大きいです。
その一年に間に、山梨のことをいっぱい知るために
いろんなイベントやお店に週末出かけたりしていました。
その時に知り合った方々とのご縁が、今ものすごい財産になっています。

ー:
自然が間近にあることで、一番気になることはなんですか?

恵海さん:
季節感ですかね。
東京にいて、春が来たと感じる時って花や桜を見たり、
お花見したりした時だったんですけど、
山梨に来たら「春っていくつもあるんだ!」って思ったんです。
春から夏にかけての「春」っていうのが、
一つではなく、ものすごくたくさんあるっていうことを
春の期間中のお花の咲き具合や、畑の様子ですごく感じるんですね。
季節を感じることが、こんなに多いんだって。
二十四節気という言葉があったりするように、
一つの季節の中に豊富な豊かさをたくさん感じます。

(前編はここまで)


後編では、「Terroir 愛と胃袋」のお料理とジビエのお話、これからについてお伝えします。
オーナーシェフの信作さんからはジビエのこと、恵海さんからはお肉のこと。
食材はランクや産地だけじゃない、繋がりから生まれる「美味しいもの」がたくさんあると伺って、その面白さにワクワクしました。
お楽しみに!

Share On