伝統的な木桶だけを真摯に作り続けて100年、
長野県木曽の上松町にある桶屋『桶数』。
前編では、桶数の始まりや初代の桶職人 伊藤数馬さん、2代目 今朝雄さん、3代目 匠さんが
職人の道を歩んだそれぞれの経緯についてお伝えしました。
さて後編では、今朝雄さんと匠さんの仕事にまつわるエピソードを紹介します。
性能と美しさを求めた今朝雄さんの風呂桶
桶数が引き受けている仕事は幅広く、
小物の桶から、大物の風呂桶や味噌桶まで制作しています。
ほとんどの桶屋は、「小物専門」と「大物専門」に分かれており、
また、「小物専門」の桶職人には、江戸の伝統技術を受け継ぐ「江戸職人」と
京都の伝統技術を受け継ぐ「京職人」がいます。
他にも地方で独自で桶の制作をし、伝統を作っていったところもあるようですが、
桶数には、先に述べた全ての技術が受け継がれています。
2代目 今朝雄さんは、江戸職人の数馬さんから技術を受け継ぎつつ、
木曽独自で発展した田舎桶の職人から、様々な技術を習得していきました。
持ち前の器用さとピシッとした澄んだ美しさを求める美意識から、
今朝雄さんは、自分の桶作りを確率していったのです。
今朝雄さん:
「私は風呂桶なんかの大物を、今は作ることが多いね。
桶数には、たまたま江戸職人と京職人が一つの場所にいるけど、
大きな風呂桶なんかは、どちらの職人かはそんなに関係ないけどね。
風呂桶で重要なのは、お湯を張った時に木がどれくらい動くかってことを計算して、
木を合わせていくことなんだよね。
私も、昔は江戸職の小物種の桶ばかり作っていたから、若い頃、風呂桶は作れなかった。
家を建てたり、家族が増えたりしたから、
生活のためにも小物だけじゃなく、大きな風呂桶を作れるようにと思い立ち、
風呂桶を作っている職人がいる村へ、早朝から夜遅くまで通って、
一緒に風呂桶を作らせてもらいながら技術を学んだ。
風呂桶を最初に教えてくれた中野の親父さんは、
湯が漏ることがない確かな技術を持っていたが、作りがちょっと荒っぽかった。
これから先は、こういう作りじゃ風呂桶として通用しないだろうなぁと思って、
古瀬さんというとてもキレイないい建具を作る職人さんが風呂桶も作っていると聞いて、
同時にそこにも通ってさ。
古瀬さんには、とってもキレイに板を合わせて仕上げる技術があったんだけど、よくお湯が漏れてたんだよね。
中野の親父さんは、荒っぽい作りだけど漏らない。
古瀬さんは、キレイに作るけど漏る。
両方の人に菓子折りを持って行ってはわからないことを教えてもらい、
キレイな作りの漏らない風呂桶を目指した。
今思えば、あの当時は二人とも後継ぎがいなかったから、
風呂桶の技術を教えてもらえたのかもしれない。
ある程度の年になると、自分の技術をどこかに伝えたいという思いが募るんだね。
二人とも「ちゃんとここは、こうやってやるんだよ」って、とっても丁寧に教えてくれてたなぁ。」
今朝雄さんに風呂桶をお願いした人の中には、著名人も数多くいます。
わざわざ都内から数時間かけて、見にくる人もいるそうです。
今朝雄さんの風呂桶一押しの材は、コウヤマキ。
木曽五木の一つであり、和歌山の高野山が由来と言われている良質な針葉樹です。
他にも岐阜や奈良など産地はたくさんありますが、同じコウヤマキでも質が全く違うそうです。
例えば、奈良のコウヤマキは油分をしっかりと含んでいるので重たく、持ちがいい。
木曽のコウヤマキは、目が細かくキレイで、当たりが優しい。
木の風呂桶と聞くとヒノキが有名ですが、
コウヤマキの持つ性質も風呂桶にはピッタリなんだそうです。
旨味を引き出す経年変化、古い桶こそ美味しい味に
木曽路沿いにある桶数の工房には、親子3代の伝統的な作りの湯桶や寿司桶から、
デザイナーと一緒につくった桶の技術を使った椅子や風呂桶など、様々な桶が展示されています。
主に小物の桶の制作を担当している匠さんに、桶の使い方について伺いました。
匠さん:
「王道の桶作りを極めてきた職人からは、その伝統的な形から少し崩したような、
使い勝手を考慮した新しいデザインの発想が出てこないから、
いろいろなデザイナーや企業とコラボした商品作りもしていますね。
親父が昔作った寿司桶は、もう展示用になっていますけど、
見てもらうともう色が違いますよね。
でも、こうなった方が食べ物を入れるとなれば、いいんですよ。
一見、新しい桶の方が木の香りがして良さそうに思うかもしれないけど、
色も香りも落ちつてきた古い桶の方が、食べ物への匂い移りもしないし、
本来の食材の旨味を引き出す力があるんです。」
匠さん:
「味噌桶や漬物桶とかも、新しい桶で作ったものでも食べられるけれど、
もしお店で出す商品を作るとなれば、売り物にはならない。
まずは桶に菌を繁殖させていかないといけないので、これまでと同じ商品と同じ美味しさになるまで、
その桶を数年使って、馴染ませなくちゃいけないんです。」
木には、菌が住み着くと聞いたことがあります。
古い味噌屋や醤油屋の蔵の中には、昔から何百種類もの菌が住み着いていて、
その菌が桶にも移ることで、代々同じ味を引き継いでいけるそうです。
家庭でも同じように、家に住み着いた菌が桶に移り住んでいくことで、
それぞれの家庭の味が味噌桶や漬物桶から生まれていたと思うとなんだかワクワクします。
倉庫や蔵に眠っている桶があれば、もしかしたらご先祖様の味に出会えるかもしれませんね。
桶?樽?談義。明確な違いは、とてもシンプルでした!
LinkLink(以下—):
最近よく「味噌樽」とも聞きますけど、「桶」と「樽」の明確な違いは何でしょうか?
匠さん:
それはですね、桶はひっくり返したら水が出るもの。
樽は、上蓋も下蓋の栓がしてあって、ひっくり返そうが横にしようが中身がこぼれないもの。
実は、そういうジャンル分けがあるんです。
よく柾目が桶で、板目が樽だと言われることもありますが、
それはその方が用途的に向いている作りだからであって、
ごくたまにそれに当てはまらない桶や樽もある。
だから、木目や用途で分けれるものではないんですよ。
—:
ようするに、蓋があるかないかですか。
桶は作らない?
匠さん:
うちは桶屋なので、樽はやりません。
桶屋と樽屋がそれぞれあって、似ているようで違うんですよ。
—:
じゃあ、味噌樽は名称としては間違っているってことですか?
匠さん:
よくそう聞きますし、本なんかに書いてありますけど、だいたいが味噌桶です。
だって、ひっくり返したら出るんだもん、中身が。
—:
知らずにいると、間違っていても当たり前になっちゃいますね。
危ない、危ない。
今朝雄さん:
よく見るとね、形状も作り方も全然違うんだよ。
樽は栓になる蓋を先に入れてから箍を締めるけど、桶はその逆で最後に底の板を入れる。
昔、樽を作る機会があったんだけど、
桶の方が道具も多いし、難しいと感じたのを覚えてるよ。
—:
なるほど。
手順も違うんですね!
これまでに、間違って「味噌樽作ってください」って頼まれることはありますか?
匠さん:
よくありますね。
「○○桶」と「○○樽」を一緒と考えちゃって、「樽を頼んだのに桶がきたぞ」なんて言われても、
「いや、うちは桶屋なんで桶しか作れませんよ」ってなりますけどね 笑。
—:
これから間違えないようにしないと。
ありがとうございました!
味噌や醤油、漬物も実はほどんどが「桶」。
よく見ると、おひつも桶の作りです。
暮らしの道具を見つめると、木桶の文化が生活の中にたくさんあったのだと気づきます。
今はプラスチックや陶器、機能的な電化製品に変わってしまったものもありますが、
吸い付くような木の質感やまろやかな味わい、食材との相性、
見ているだけで心がほっこりするような姿などは、木桶ならではです。
お風呂の湯桶やたらい桶、味噌桶や漬物桶など、気軽なところから桶を生活にもう一度取り入れてみれば、
数百年も続いていた木桶のある暮らしの良さや道具を育てる豊かさが実感できると思います。