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長野県諏訪郡富士見町にある、町営のとあるキャンプ場。
朝9時半ごろから、子どもたちが大きなリュックサックをしょって、
わらわらと集まって来ました。
ここが、『野外保育 森のいえ“ぽっち”』です。

“ぽっち”は、『自然環境との関わりを大切にする生活』を軸に
野外保育を実施している森のようちえんです。
主に活動拠点としている場所はいくつかありますが、園舎はなく、
その日のプログラムによって行く先も様々。
雨の日も雪の日も、園児たちはカッパやスキーウェアを着て、長靴を履いて、
自然の中で自由に遊びます。
そんな天気の日にしか発見できないことや興味惹かれるものがあるのです。
どうしようもない荒れた天気の日には、建物の中で遊ぶこともあるけれど、
一日中外に出ない日はほとんどありません。

全国の野外保育を実施している園の中には園舎があるところもありますが、
“ぽっち”は園舎がないので、子どもを思いっきり外で遊ばせたいけど
雨や雪の日も外で活動するのはちょっと心配・・・と思うお父さんお母さんにとって
子どもを入園させることは、勇気がいるかもしれません。
毎日のお弁当づくりも、ハードルがちょっと高いと感じるお母さんも
少なくないかもしれません。

そんな“ぽっち”を運営している『NPO法人ふじみ子育てネットワーク』は、
実際に子育てを経験したお母さんたちが中心となって活動する団体です。
「地域や自然と関わりながら、もっと伸び伸びと大きく、親も子どもも育ってほしい」
という願いから、様々な子育て支援活動を行っている『NPO法人ふじみ子育てネットワーク』
代表の松下 妙子さんに“ぽっち”について、お話を伺いました。

子育て世代だけでなく、子どもと触れる機会がある人や
幼少期の思い出が今の自分に繋がっていると感じている人に、
ご覧いただけると嬉しいです!

子どもの考える力を育てる保育と“ぽっち”のはじまり

“ぽっち”には、「子ども主体の保育をしたい」という
熱意のあるスタッフが集まっていると松下さんは言います。

『野外保育 森のいえ“ぽっち”』が始まったのは、2010年のこと。
今年で8年目を迎えました。
野外で子どもを見守ることになった最初のきっかけは、
松下さんが今も一緒に働く保育士の名取さんと、
『子育て広場“AiAi”』を利用する小さな子どもとお母さんのためにはじめた、
自然の中で遊ぶ『おさんぽ隊』の活動でした。
『子育て広場“AiAi”』とは、『NPO法人ふじみ子育てネットワーク』が最初に開設した、
0歳から保育園や幼稚園に入るまでの子どもとお母さんの自由に過ごせる場所です。
家で親子だけで過ごし子育てをしていると、社会から孤立してしまったように感じ、
どうしても親が不安やストレスを抱えてしまうことがあります。
“AiAi”は、親同士が交流して社会と繋がり、
子どもがたくさんの人との関わりの中で育つことができる場所として、設立されました。
『おさんぽ隊』では、親は子どもを見守りながら、おしゃべりしてリフレッシュでき、
子どもも様々な自然体験を通して成長します。
自然の力を借りて、親も子どもも心身ともにゆるみ、おおらかになります。

松下さん:
「“AiAi”の利用者さんの中に、富士見町でも野外の自主保育園を作ろうという
話が出てきたんです。
私も名取も、“AiAi”で未就園児とも関わりがあり、『おさんぽ隊』をスタートする時、
実際に野外保育園に見学に行ったりしていたので、
野外で保育をするイメージがなんとなくできていました。
だから、保護者が自分の子どもを見ながら、3歳から5歳の子どもたちの
野外保育園を運営することは、とても大変な事だと思いました。
そこで、NPOで野外保育事業に取り組むことにしました。
最初は、週一で2歳、3歳の子どもを見ることから始めたんです。」

富士見町では、ほとんどの子どもが公立保育園に入園します。
それを踏まえ、当初“ぽっち”では2歳、3歳の子どもとの野外保育という考えで、
4歳(年中)からは公立保育園に繋げようと考えていました。
でも、実際に子どもを預けていた保護者の方から「週一じゃなくて日数増やして欲しい」、
「ぜひ年長まで見て欲しい」という希望があり、今の体制となりました。

松下さん:
「私たちも、2歳、3歳の子どもと外で過ごすことで、
子どもたちにとって野外保育がどれだけいいものかということが
実体験でわかってきたので、年長までやろうと決めました。
今は、ほとんど2歳または年少から入園されますが、
たまに公立保育園を辞めて年長から入る子もいます。
逆に2歳の時だけ入って、3歳からは公立保育園に行く子もいますが。

“ぽっち”に通うことは、子どもたちの日々の暮らしの延長です。
だから、保育も教育も幼児にとっては暮らし=『生活』だと思うんです。
私たちが、子どもたちにどんな『生活』を用意してあげるのが
子どもの育ちにいいのかと考えた時に、
大人が全て設定し管理し教え込むものではないと思いました。
なので、“ぽっち”の保育・幼児教育は全然特殊なものでもなく、
子どもが子どもとして生き、大人は大人の生活をしているだけなんです。
それは、子どもが自分で考えて決める場があるということです。」

野外保育は、見守る大人のチームワークが大切

森のいえ“ぽっち”には、園舎もなければ、既製の遊具やおもちゃもありません。
スタッフが「これをみんなでやりましょう」と言わなくても、
子どもたちは自分で遊びを見つけます。
スタッフは基本的にその様子を見守り、必要に応じて関わる、
それが“ぽっち”スタイルです。

また、スタッフが野外で安全に子どもを見守り、
そして有機的に子どもたちと関われる人数を考えて、
園全体の子どもの人数を2030人の縦割りクラスにしています。
スタッフは子どもの年齢別の担任制ではなく、
全スタッフで全園児を保育する体制です。
だからこそ、スタッフ同士のコミュニケーションが大切だと松下さんは言います。

松下さん:
「“ぽっち”のスタッフは、マルチな能力を求められます。
子ども一人一人を大事にし、その子を理解しようと努めます。
さらに、全体的に安全性や子どもの動きを把握しつつ、
1日の流れも気にしなくてはいけません。
保育士の仕事は、子どもとうまく遊べても全体を見れないと勤まりません。
さらに、子ども1人1人個性があり、遊び方や成長も様々なので、
一筋縄ではいきません。
だからこそ、野外保育では得にチームワークが大切なんです。」

保育士の仕事は、世の中ではお母さんがわりのようなものとして思われることが多く、
仕事の奥深さや担っている責任に比べて低賃金です。
でも、子供の能力を伸ばすことのできる、これからの社会にとってとても重要な仕事です。
子どもはすごい能力を持っているけれど、
保育士1人が多勢の子どもを決まったスケジュール通りに動かすとなると、
どうしても一人一人のことを見ていられなくなってしまいます。
一人一人の子どもの話をきちんと聞いてあげられないまま、
とにかく「やろうね」って言うしかなくなってしまうのです。

だからこそ、保育の仕組みそのものがもっと子ども一人一人と向き合うように変わると、
子どもの可能性をもっと伸ばしていけるんじゃないかと、松下さんは考えています。

園は、みんなで『生活』を共に過ごす場所

幼稚園や保育園では、1日のカリキュラムや、
『お遊戯の時間』や『昼寝の時間』などスケジュールが決まっていたりします。
“ぽっち”の場合も、スタッフが決めたプログラムや
『生活の時間』というものがあります。

『生活の時間』とは、普段の暮らしと同じような流れを、
みんなで共有する時間です。
登園して集まった子どもたちが一同に介してやる『朝の会』では、
挨拶と出欠の確認をします。
その時に、例えば「焼きとうもろこしを作る」や「畑や田んぼに遊びに行く」など
大まかな今日のプログラムを子どもたちと確認します。
他には、スタッフが絵本を読む『みんなでお話を聞く時間』もあります。
『お昼の時間』になったら、みんなでお弁当を食べます。
そして、どんなに楽しくても2時になったら両親がお迎えに来るので、
その前に『終わりの会』をします。
そんな大まかな流れはありますが、次の行動に移る時間は子どもたちの気持ちを大切に考え、
スタッフは子どもたちが自分で行動できるように工夫して関わります。
例えば、9時半から10時まで登園時間なのですが、
10時過ぎても来ていない子もいたり、
朝来た園児たちが遊びで盛り上がっていたりすると、途中で遮るのではなくて、
少し様子を見て時間を遅くすることもよくあります。

松下さん:
「『お昼の時間』も、「12時になったからご飯ですよ」ではありません。
いっぱい遊んでお腹を空かせた子が「お昼食べたーい」って、言い出すんです。
でも、まだお腹空いていない子もいたりすると、子ども同士で
「お昼食べようよ」、「えー、まだいいよー」と話し出して、
だんだんとお腹空いて来る子が増えていくんです(笑)
で、子どもたちが納得してお弁当の時間になるんです。
だから遊びの終わり方も、子どもが自分で決めています。
そうやって、体の声を聞いてご飯をいただくことをしています。
時間がかかると思うかもしれませんが、実際には誰かが「食べたい」と言い始めて、
みんなで食べ始めるまで、だいたい15分くらいなんです。
お腹が空いていなくて、「僕はまだいらない」って言っている子も、
他の子がお弁当を出している様子を見たらやっぱり食べたくなるみたいで、
結局みんなで食べ始めるんです(笑)」

子どもにとって、1日の流れを体で感じることはとても大事なことです。
「お腹が空いたから、ご飯食べたい」や「食べて遊んだら、お母さんが迎えにくる」など、
時計の時間ではなく、そういう感覚を体でわかっていくことが良いと考えています。
そうして、「時間だから用意しなさい」と大人がスケジュールを設定しなくても、
子どもが、自分で考えて決めるっていう場面を1日の生活の流れの
要所要所に意識して入れていくことで、子どもの感覚や思考が豊かなものになるのです。

“ぽっち”では週に一度、外でお昼ご飯を焚き火で調理する日があります。
朝からみんなで協力して作らないとお昼に食べれなくなることや、
やりたくない子ばかりだとご飯ができないことを、
子どもたちも生活の中でわかっているので、みんなで協力して作ります。
そんな時も、大人が3歳から5歳の子どもたちに、
最初から最後までご飯作りに関わるように言ってしまうと、
子どもたちにとって嫌な作業になってしまい、
焚き火調理の日が行きたくない日になってしまいます。
そうならないように、「できることをできる時にできる人が」という考えで、
ちょっとずつ子どもの力を持ち寄ってご飯を作るようにします。
子どもが自分で「やろう」と思えるように、
大人が関わっていくことが大切なんです。

子どもが自分で考えて、始めたことを大人は大切にする

何かを始めようとするタイミングは子どもによって様々なので、
一つ一つを受け止めてあげられる余裕を大人が持たないといけません。
大人が「決めたようにしなきゃいけない!」と思うと、
どうしてもゆっくりな子を認めてあげられなかったりします。
子どもたち自身の個人差もありますが、日による差もあります。
さらに時間による差もあるし、体調による差もある。
お家であったことを引きずってしまう子もいます。
「おかしいなぁ。今日はどうしたのかなぁ」と思いながら様子を見て、
「今日はやりたくない」と子どもが言ったら、
まずはやりたくない気持ちを聞いてあげます。

松下さん:
「「みんなで決めたんだから、やりなさい」とは言わないで、
「なんでやりたくないのかなぁ?」って聞いてあげます。
でも、小さい子は自分がやりたくない理由をちゃんと話せない子もいるんです。
「わかんない」とか「もういい」と言う子もいるし、何も言わない子もいます。
そしたら、「言いたくなったら言ってね。やりたくないなら、いいよ。」っていう
関わり方をしてあげる。
そういう関わり方を毎日してあげると、
だんだん子どもが「ここは自分の気持ちを言っていい場所だ」、
「受け止めてくれるところだ」って思うようになって話してくれるようになる。
それでも言えない子や関われない子は、
すごく時間がかかっても待って待って待って・・・
絶対その子が自分で動く時があるよと思って待つんです。
そうして関わっていくと、その子たちのタイミングで、ぐーんと心が伸びるんですよ。」

特に、2歳、3歳、4歳の子どもには、その歳なりの育ちをさせようと
大人が引っ張りあげることをしないで、一人一人のペースを大事にしてあげると、
年長になった時にすごく伸びていくそうです。

年齢ごちゃまぜで自由に遊ぶことで生まれる憧れと責任感

一般的には、年齢ごとにクラスが分かれていて、
ほとんどの時間を同い年の子どもたちと過ごす園が多いと思いますが、
“ぽっち”は年齢ごとのクラスはなく、
子どもたちは年齢に関係なくみんなごちゃまぜで過ごします。

幼稚園の中には“ぽっち”の様に縦割りの所もありますが、
その縦割りの関係性はとても大切なことで、2歳や3歳の小さい子たちは、
大きい子たちがやっていることを自然に見て育ち、それを真似しながら、
自分で学んでいきます。
子どもは子ども同士の中で育つので、
下の子が上の子に憧れて「あんな風になりたいな」とか、
「あんな遊びしたいな」と思い、
上の子は下の子に対して「この子は、まだ自分よりもできないことが多いから、
守ってあげなきゃいけない存在なんだ」という責任感が、
一緒に生活することでわかってきます。
もちろん喧嘩もありますが、
困ってたら手を差し伸べることも子ども同士でやりやすくなります。
同じ学年の中では優劣がついてしまうかもしれないことが、
できないことが多い子も下の子との絡みで、
その子ならではの良さが浮き出てくることもたくさんあります。
そんな縦割りの子ども同士の関わり方は、
年が上の子たちにも「上」という自負が生まれてくることあり、
子どもたちの心がぐんと育つそうです。

松下さん:
「同じ年の子だけで生活をすると、優劣が見えてきてしまうんです。
例えば、4月に生まれた子と早生まれの3月に生まれた子だと約一年も違うから、
その子たちが同じクラスにいて、保育士が考えたプログラムを一緒にやる場合、
子どもたちの中でできるできないという比べやすい状態を逆に作ってしまうこともあります。
もちろん例外もありますので、一概には言えませんが・・・。
そうすると、「早くできればいい」とか「うまくできればいい」みたいな思いが生まれます。
そうではない、子どもたちの縦割りの関わり方は、
大人にとっても一人一人の個性を見やすいような気がします。」

「三つ子の魂百まで」幼少期の経験は大人になっても忘れない

子どもたちは、今生きている分の知恵と工夫で一生懸命遊びます。
例えば、3歳なら3歳の経験値の中での遊ぶので、
なかなかその遊びが発展しないこともあります。
そんな時は、「こんな風にしても面白いかも」と少し声をかけたりする。
ここで大切なのは、押し付けないことです。

松下さん:
「一般的には、子どもたちが棒(枝)を持って遊ぶことは危険なので
禁止することが多いと思いますが、“ぽっち”では、はじめから禁止はしません。
棒を持って遊ぶことで起こる危険性を子どもたちに体験から知ってほしいので、
棒で遊ぶ時は、何を気をつけなきゃいけないのかを一緒に考えます。
なので、転んだ擦り傷のような引っ掻き傷はよくありますけど、
今まで棒で深刻な怪我をしたことはないですね。
でも、小さな怪我をした時は、「危なかったね。なんでこんなことになったんだろうね?」と話し、
子どもたちに考えてもらう。
棒を持って遊ぶことは楽しいけど、
楽しい遊びをするなら自分は気を付けて遊ばなきゃいけないこともあるってことを。
なんでもそうですが、楽しいことの裏側には、
必ず自分でコントロールしなきゃいけないこともあると思うんです。
そういうことを、経験から身を持って理解していってもらうことを大切にしています。」

森のいえ“ぽっち”で過ごせるのは年長までなので、その後の環境によっては、
せっかく伸びた感性が蓋をされてしまうこともあるそうです。
でも、幼児期の体験というのは「三つ子の魂百まで」と言うように、
ちゃんと子どもたちの心に染み付いていると松下さんは言います。
だから今は、ここで育っていく子供たちが
どんな大人になっていくのか楽しみなんだとか。
人や社会との関わり方を自分で考え、
伸び伸びと大きな人に育っていってくれることを願っています。

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