あか、あお、きいろ
光を反射して、時にははっきりと、時には淡く色を放つガラスのグラス。
ちょうど手に収まる大きさのガラスのグラスはひとつひとつが
やさしさと温かみを帯び、作り手さんの“地元のものを生かしたモノづくりをしたい”という想いを持ってできたものでした。
千曲川に沿って走る短い車両のしなの鉄道。
しなの鉄道田中駅の古い駅舎を背に遊歩道を歩いていきます。
川や電車を横目に歩いていくと、古い町並みが見えてきました。
長野県東御市はみなさんに馴染みのある軽井沢より、少し北に位置する町です。
昔、宿場町として栄えた海野宿。
保存地区として指定されているその町並みは、昔のままの面影を残しています。
そんな町並みの真ん中に、蔵のような白い漆喰塗りの壁によく似合うオレンジ色の暖簾がかかっていました。
お話をうかがったのは、こちらでガラス工房橙を営んでいる寺西さんご夫妻。
始めは横浜でガラス製品を作っていたのです。
主人のご実家が長野県で、いずれはこちらに戻ってきたいと思っていました。
元々この街並みが好きだったのもあるのですが、たまたまこの建物を見つけて。
昔、商店をやっていた建物だったみたいなのですが、出会った頃は空き家になっていました。
ボロボロで、シロアリに食われているところもあったし雨漏りもありました。
そんな建物を改修し店舗にしているガラス工房は、この街並みと昔の感じとを大切にした素敵な空間です。
お店の奥には工房が、2階には落ち着いた空間のカフェが併設されています。
お夫婦お二人ともガラス制作に携わってきた寺西さん。
今はご主人が主となり制作しています。
「冬も夏もとにかく暑い。」
まだ梅雨時期の長野県。ちょうどよい気候のなか汗をぬぐいながら作業をしている寺西将樹さんが出てきてくれました。
伺った時はちょうどお店で人気のくるみの灰を使って作ったくるみガラスのコップを作っていました。
一人でももちろんできるんだけど、うちはチーム制でやっています。
ガラスは炉の中で溶かして、それを外でさっと形にするんです。
炉の中の温度はずっと高いままにしておかないといけないので、できる限り効率よく、たくさん作れる方法を取っています。
炉の中からガラスの玉を取り出して、膨らませて形にしていく。
時にはハサミで切ったり、濡れた新聞紙で形を整えたり。
最後に取手をつけて取手の位置を確認して。出来上がったものはさっと窯の中に入れる。
このコップは明日の朝には使えるそう。
今はまだドロドロの状態のものが明日には使えちゃうというのはガラスならではの面白さだと思います。
こんなにサッと作るモノってそうそうないんじゃないかって。
制作中は手で触ることのできない素材と言うのも他の素材と違い難しくも面白いところです。
そうおっしゃる寺西さん。
炉の中からガラスの玉を取り出して、形にして窯の中に戻すまでわずか3、4分。
最初はオレンジ色だったガラスの玉が、空気に触れゆっくりと本来のガラスの色へ変化していきます。
ガラスって、探求できる素材なのです。こうしてみたらどうかとか、ああしてみたらどうかとか。
こんな風にできるのかな。とか。
奥が深いって簡単に言っちゃいけない気がする。僕にとってはそういうものなんです。
そう話す寺西さんは、ガラスのものを作っているときの真剣なまなざしとは逆に、少年のような笑顔でお話くださいました。
素材だけではできないのです。
炉も自分で作ったのですが、必ず必要ですし窯もないとできません。
続けられる環境があることがありがたい。
そして作りつづけていけることがありがたいです。
作品はグラスやお皿、箸置きなど様々です。
色も赤、青、黄色とたくさんの種類があります。
ここ数年の一番人気は薄い緑色のガラス。
東御市はクルミの産地です。
近くの道の駅に行けば、殻のままのクルミが売っています。
そのクルミの灰を使って仕上げたのがこの薄い緑色のガラスです。
クルミガラスと名付けられたこのガラスを使ったお皿やコップはシンプルで、どんな家の食卓にも似合います。
この地域に多い昔ながらの住宅や、こういった町並みに似合うものを作っていきたいと思っています。
なにか優しく、懐かしい感じのするものでありたいなと。
そしてその家での物語の一つとして、飾っておくのではなく普段から使ってもらいたいと思っています。
そうおっしゃる寺西さんの作ったコロンとしたグラスは、どこかやさしく、あたたかい雰囲気のある素敵なものでした。
ひとつひとつが微妙に違う。
それがあたたかさ、やさしさにつながっているように感じました。
作り手の気持ちのこもった一つ一つが、日々の食卓に並びその日の団欒をさらに豊かにしてくれることでしょう。