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那須高原からほど近い場所、道をずっと進むと舗装されていない砂利道があり、その奥に小さな建物が見えました。

ここは栃木県那須町もう少し進むと福島県に入る、栃木と福島の県境にあたります。

小屋の部分はこちらで採れた乳製品を、ヨーグルトやソフトクリームとして販売しており、誰でも立ち寄れる場所になっていまいた。

こんな不便な場所にもたくさんのお客さんが来てくれるんですよ。
地元の方というよりは、東京近郊からのお客様が多いです。

そうお話してくれたのは、森林ノ牧場の代表、山川さんです。

私がよく目にする牧場は、牛舎の中で生活していたり、牧草地で放牧されていたりするものです。
こちらはその名の通り森の中で牛が放牧されていました。

森に生えているだけの草では足りないということで、干し草も餌にしています。
こちらは仔牛。大人の牛も含めて大体30頭ほどいるそうです。

なぜ放牧酪農で育ててみようと思ったのかを山川さんにうかがってみました。

山川さん
私の出身は埼玉県川越市です。
中学校の時に北海道へ行き、放牧している景色を見て、働いている人が楽しそうだと思ったのが酪農を始めるきっかけです。
その頃から、田舎暮らしにもどこか憧れていました。
大学ではもちろん畜産、酪農を学びました。

しかし大学で学んだ酪農は自分がイメージしていた酪農と違いました。
放牧酪農は牛舎での酪農より乳の量が少なくおおよそ3分の2ほどの量しか採れません。
単純に自分で動き回って餌を探す放牧酪農は、動き回る分乳の量が少ないのです。
酪農はほとんどが牛乳を組合に売る仕組みになっているので、放牧をすると経営的にはデメリットだったんですね。どんなにこだわって、いい乳を採っても組合でみんな一緒になってしまいます。

一方、放牧酪農は確かに搾れる乳の量は減ってしまうのですが、それ以上の魅力があるように思えました。
草原が見せる四季の景色、道の脇に生える山菜、季節によって咲く花など、いろいろな魅力にあふれていました。
そういったモノやコト全てをお客様に提供にすることによって生産量が少なくてもやっていけるのではないかと思うようになりました。

こちらでいただいたソフトクリーム。
とても濃厚で甘いソフトクリームでした。
このソフトクリームや牛乳などの乳製品は牧場の中で加工されています。
放牧された牛たちから搾ったお乳は、季節によって成分や風味が変わります。

そんな放牧された牛たちの乳の美味しさを引き出すために、生乳は時間をかけて低温殺菌されているので、濃厚だけど爽やかな風味に仕上がっています。

山川さん
「美味しい」ということはいちばん大切なこと。
けれど、森林で放牧されている牛たちのいる景色も含めてこの牧場の魅力であれば、それも含めてソフトクリームの価値になると思っています。
牛や搾ったお乳やこの森の価値や可能性をどれだけ引き出せるかが、僕ら酪農家の仕事です。

山川さんは放牧酪農することで、生産量が少なく単価が上がってしまう製品にいかに価値をつけられるかということを常に考えているそうです。

山川さん
あとは牛が放牧されている森に入ることができるということも、この牧場ならではだと思っています。
こちらで長靴に履き替えていただき、森に入ります。
牛が草を食べたり、昼寝をしたりする様子を近くで見ることができます。

北海道の放牧に憧れて始めた放牧酪農。
それをなぜ、「森林」にこだわって酪農をやっているのか聞いてみました。

山川さん
日本は国土の約7割が森林です。
しかし、用途としては薪や炭、または少しの建材といったところです。
こんなにたくさん山があり、使える木があるのに材木を輸入したり。
これは野菜や穀物にも同じことが言えます。
野菜もたくさんあるのに、海外からのもの方が安いというだけで、日本のものが余り捨てられているという現状もあります。

戦後に未来の子供のためにと思って植えた木。
それを今使えずにいます。
人がもう一度山に入れる方法はないのか考えました。
それが森で酪農をやるということでした。

牛は草食動物なので森林に生える草でも活用できます。
森林に生える草を食べてくれることで森林には人が入りやすくなります。
牛にとっては餌でも人にとっては開拓、そうやって明るくなった森林を整備したり、間伐して牧草を生やして牛の餌にしたりしています。
さらに牛たちは草を食べることでお乳を出してくれるのです。
そのお乳を加工して販売することで仕事が生まれます。

人が食べられない草を食べてお乳を出すというのは凄いことです。
人が使えないものを価値に変えてくれる、それが牛たちなのです。
今の日本では牛たちの飼料は輸入が多いですし、森林ノ牧場でもそういう飼料を使っています。けれど、畑で育てられた輸入飼料を給餌するのではなく、使われていない森林を活用して牛が飼育できれば、家畜として本来の姿が取り戻せるのではと思うのです。
使われていない森林を牛が価値に変えてくれるのです。

 

まだまだ道半ばとはいえ、使っていない田舎にある森林で酪農をやって、
森も、牛も、私たちもみんながよくなるような仕組みがあるといい。
そう考えているという山川さん。

私たちという部分では「田舎で暮らす」人という部分でも考えがありました。

山川さん
都会の人にはこちらに来てもらって森に入ってもらう、自然の中で癒される場所を提供できればと思っています。
都会で森に行くのはとても難しいことです。
でも休みにこちらに来ていただき、牛と森の中で過ごしたり、ソフトクリームを食べたり。
テラスでのんびり過ごしてもらえればと思います。

私たち田舎で暮らすものは都会でバリバリ働くことはできないけれど、そういった場所を作ったり、美味しいソフトクリームや牛乳を提供できればと思っています。
そして、私自身のように田舎で暮らしたいと思う人がいれば、それは応援してあげたいです。

ここで働く人はほとんどがIターンの人です。
関西から来て働いてくれている子もいます。牧場をきっかけに田舎暮らしを作り出すことも目標のうちの一つです。
田舎暮らしをしてみたいと思っていてもできない人が多いです。
でも牧場があることに寄って10人雇える。そうするとその人とその家族がここで暮らしていける。そうした仕組みを作っていきたいです。

今年で8年目。
他の場所でもこういう牧場をと考えているようです。
使われていない場所が使えるようなり、そこで雇用を生み出し、そこで生活したい人々を支えていけるようになるといいのではないでしょうか。

中学校の時の北海道旅行の光景が、今こうして森の中で牛を放牧し、牛だけではなく森、そして人、すべての心地よい循環を目指しているこの場所を作っていました。

 

 

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